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まえがき
今回は工事進行基準に関する論点です。
進行基準でよくあるのが原価付替等による進捗率の不正ですが、今回は少し毛色が違い、「そもそも進行基準を適用できるのか!?」という論点です。
しかし、進行基準のメリットである「収益の前倒計上」を狙って行われた不正である点で、動機が似ています。
特に海外工事は日本にくらべてビジネス上のリスクが高い(日本の常識が通用しない)ことも多く、本案件は海外工事の進行基準を検討する際のヒントになるかと思います。
いつものように、私見を交えながら筆を進めたいと思います(大変申し訳ありませんが、個人的な私見や推測が入っており、内容に保証をしかねるという前提でお読みください)。
工事進行基準の適用要件とは?
会計基準
1.3要件
まずは会計基準上の文言を確認しましょう。
工事契約に関する会計基準 9項
工事契約に関して、工事の進行途上においても、その進捗部分について成果の確実性が認められる場合には工事進行基準を適用し、この要件を満たさない場合には工事完成基準を適用する。 成果の確実性が認められるためには、次の各要素について、信頼性をもって見積る ことができなければならない。 (1) 工事収益総額 (2) 工事原価総額 (3) 決算日における工事進捗度 |
ここでは3つの要件が挙げられています。
この3つに信頼性がなくて、よくわからない状態においては進行基準を適用してはいけないと書かれているわけです。
なぜこのような要件が必要かというと、通常の製品販売なんかとは違って、工事プロジェクトにおいてはしばしばこれらの要素が不確定なままプロジェクトが進む(進まざるを得ない)ことが多いからです。
例えば、(1)工事収益について契約書がないまま工事を進める場合です。100の契約書をもらえるかわからないのに、100もらえる前提で計算するとどうなるでしょうか。
あとで90になったり80になったりした場合には、当時、100を前提に計上していた収益はなんだったのかという話になるわけです。
このように、これらの3要素がいいかげんなうちは、その結果計算された工事収益もいいかげんな数字になってしまうので、これを避けるために入り口でバサッとルールを決めているわけです。
2.収益総額
本案件において、この3要件のうち(1)工事収益総額について満たしていない理由で訂正に至ったとあります。
では、この工事収益総額とは、どういう内容なのでしょうか。再び会計基準を見てみます。
(工事収益総額の信頼性をもった見積り)
10. 信頼性をもって工事収益総額を見積るための前提条件として、工事の完成見込みが確実であることが必要である。このためには、施工者に当該工事を完成させるに足りる十分な能力があり、かつ、完成を妨げる環境要因が存在しないことが必要である。 11. 信頼性をもって工事収益総額を見積るためには、工事契約において当該工事についての対価の定めがあることが必要である。「対価の定め」とは、当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定め、対価の決済条件及び決済方法に関する定めをいう。対価の額に関する定めには、対価の額が固定額で定められている場合のほか、その一 部又は全部が将来の不確実な事象に関連付けて定められている場合がある。 |
なんだか、見方によっては当たり前のことを言っています。
しかし、本案件ではここが落とし穴でした。
なぜなら、本工事においては
事実①「政治動向の影響で発注元であるマレーシア政府や州による工事入札が平成 27 年6月中 に実施されておらず、プロジェクトが進展していない」、
事実②また「現地プロジェクトに必要な州政府の用地買収が遅延している」等の状況が存在していたため、
「工事の完成見込みが確実である」との上記前提(10.)を満たしていない状態だったからです。
発生原因
では何故、会社は進行基準を適用したのか。
会社側の事情を確認しつつ、本事案の発生原因を分析してみたいと思います。
上記事実①に関しては、「社内調査委員会の調査報告書受領及び再発防止策に関するお知らせ」において以下のように記載されています。
発注元である現地水道局担当者、発注元からの受注を担う現地代理店やコンサルタン トからは、当社の技術が、発注元が採用する設計仕様に取り入れられている(すなわち、 当社技術が「スペックイン」されている)旨報告がされておりました。当社としても、 発注元から公表される入札資料を確認したわけではなかったものの、このような報告 を受け、当社の技術がスペックインされたものと認識し、入札が実施されれば、当社が 確実に工事を受注することができるものと判断しておりました。
また、平成 27 年6月、当社から代理店に対して注文書の発行を要請し、かかる要請に基づき、代理店から当社に対して注文書が発行されておりましたが、代理店も自社のリスクで工事を発注する意向を示していたほか、代理店自身、当社の技術がスペックインされたものと判断しており、事実、代理店から当該注文書に基づく代金の一部も支払われていたことから、当社においては、将来確実に受注できると認識し、工事進行基準に基づく売上を計上しました。 しかしながら、発注元であるマレーシア政府や州による工事入札が平成 27 年6月中 に実施されておらず、プロジェクトが遅延している状況にあった以上、工事進行基準に 基づく売上を計上することができない工事案件であり、当社は、こうしたプロジェクトの進捗状況を把握しながら、売上計上したものです。 当社は、当時、上場に向けた売上、 収益計上の達成のため、全社的に取り組んでいたところであり、マレーシア案件の売上を計上した理由として、平成 27 年6月期での上場のために売上や収益を維持する点にあったことは、否定しがたいものと認識しております。 |
会社判断としては、「大元の発注者側で工事入札すらしていないことは認識していたけど、代理店から注文書はもらっていたし代金も一部もらっていたので受注は固いと判断した。だから工事の完成見込みが確実と考えた。」と読めました。
しかし結局、入札すらされていない状態で「工事の完成見込みが確実である」と考えることに無理があった、というのが正解でした。
具体的には、入札が遅延している以上完成を妨げる環境要因どころかそもそも工事受注自体発生しないかもしれないし、その状態で対価の額については確たるものは無いわけだから、さすがにそのような状態で進行基準要件は満たさないという判断があるべきだったのだと思います。
おそらくですが、当時会社側としても「工事受注できるのかな?進行基準厳しいかな?」という感覚は少しはあったのではないですかね。
では何故、会社は進行基準を適用したのか。
それは、会社に「焦り」があったから、と自己分析されています。
平成27 年6月期での上場を目指していたようで、売上を確保したい思いは非常に強かったようです。
今回の発見の経緯は、おそらくですが、会社が平成 29 年4月に現地を訪問したところ、実際には用地買収の完了の目途が立っていないことが判明したことから翻って考えた結果ではないかと推測します。
監査法人はあずさですが、当時、「そもそも進行基準の要件を満たしているのか!?」という議論が深くされていれば発見できたのかもしれません(もっとも議論はされたうえでそのときの判断としてはOKになったのかもしれませんが)。
この件が不正か誤謬かというのは難しいように思えましたが、難しいのが、「進行基準の適用が遅すぎるパターン」もあり得るという点。いつから進行基準なのかについては、ある程度画一的に決められる部分もあると思いますが、結局のところ判断が要求されると思います。
まとめ
今回の教訓としては、「工事進行基準の入り口3要件を満たす状態」がどのようなものかを理解し、よく検討しなければならないことが挙げられると思います。
今回は3要件のうち収益総額のお話でしたが、他の要件である実行予算や進捗率についても見積や不正が働きやすく会計上悩ましい論点です。
海外工事は他の会社や業種などでも盛んですから、そのような案件がある場合には要注意ですね。