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事案概要
アウトソーシングは、2018 年2月 14 日において、過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出することを発表しました。
今回は不正ではなく完全に誤謬、しかも監査法人の指導にしたがってきたにもかかわらず発生してしまった事例になります。
会社にとって非常に心苦しい事例となりますが、これを無駄にしてはいけないと思います。この苦しさを我々も記憶に留めておき、再発を防ぐように行動する必要があるのではないでしょうか。
監査人側にも非があるのかもしれませんが、上場会社ともなれば監査法人に100%任せるというのではなく、会社が自身を守るように努めていく必要があるということも示唆していると感じます。
今回の発生原因は、以下のとおりです。
M&A等において、当社グループが100%未満の株式を取得した被買収会社にかかる非支配持分の株式について、将来的に株主が当社に売却する権利(以下、プットオプション)が付与されていた場合は、将来見込まれる買取価格を負債に計上したうえで、その金額相当を資本から差し引くという、国際会計基準IAS第32号第23項の適用に不備があったというものです。 |
一体何の話をしているのでしょうか。
以下簡単に考察します。
※いつものとおり、あくまで私見で記載していきますのでその限りでお読みください。
非支配持分(Non-ControllingInterests:NCI)プット
いま、親会社が80%、非支配株主が20%を保有しているとします。
ここで、非支配株主がその20%分について親会社に売却する権利(売建プット・オプション。以下「NCIプット」という。)を保有している場合があります。
平たく言うと、20%の株主が、目標株価を達成した場合など都合の良いタイミングで親会社に株式を売るために、将来株式を売却できることをあらかじめ契約の中で親会社に約束させていることがあるということです。
これは20%株主にとっての売却する権利に該当するため、プットオプションであると考えることになります。
さてここで、IAS32という基準があります。IAS32はNCIプットオプションを金融負債として会計処理することを要求していると解釈されます。
IAS第32号は何を言っている!?
IAS第32号「金融商品:表示」では,次の負債を金融負債として定義しています(11項)。
(a) 次のいずれかの契約上の義務
(i) 他の企業に現金又は他の金融資産を支払う。 (ii) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に不利な条件で他の企業と交換する。 (b) 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性のある契約のうち、次のいずれかであるもの (i) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を引き渡す義務があるか又はその可能性があるもの (ii) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性があるもの。(以下略) |
またIAS32.23項は、「自社の株式を現金その他の金融資産で購入する義務を含んだ契約」について、以下のように規定します。
(略)企業が自らの資本性金融商品を現金その他の金融資産で購入する義務を含んだ契約は、その償還金額の現在価値(例えば、先渡購入価格、オプション行使価格、あるいは他の償還金額の現在価値)について金融負債を生じさせる。これは、契約それ自体が資本性金融商品である場合であっても当てはまる。一例は、自らの資本性金融商品を現金で買い取る先渡契約に基づく企業の義務である。当該金融負債は償還金額の現在価値で測定され、資本から分類変更される。
その後、当該金融負債はIFRS 第9号に従って測定される。 当該契約が引渡しをせずに消滅する場合には、当該金融負債の帳簿価額は資本に分類変更される。 企業が自らの資本性金融商品を購入する契約上の義務は、購入の義務が相手方の償還権行使を条件としている場合(例えば、企業自身の資本性金融商品を固定価格で企業に売却する権利を相手方に与える売建プット・オプション)であっても、償還金額について金融負債を生じさせる。 |
これらの基準を考慮すると、「NCIプット」に関しても、親会社には非支配株主のプットに応じる義務があるので、上記の要件を満たすものは「負債」に該当すると解釈されるようです(厳密にはIAS32.23項はNCIプットそのものを規定しているわけではないが、理論的に23項と整合させるべきとされている)。
すなわち親会社は、非支配株主がオプションを行使しないと決定するか,又はオプションの行使の条件を満たさない限り,行使価格の全額を支払う義務を負っているものとして扱われます(IAS第32号BC12項)。
親会社はプットの対象となる株式全額相当を支払う義務を有しているので、「義務が無い」と認定される場合以外は、負債を計上しなければならないのです。
この点、「オプションの行使がされるかどうかわかりもしない状況下において、なんで負債計上しなきゃならんの!?」という反論もありますが、IFRSの理屈で考えると負債になってしまいます(詳細はここでは割愛します)。
確定債務的な感覚で考えてしまうと負債っぽくない感触はありますが、ここが間違いやすい根本的な原因なのかもしれません。
まとめ
本件NCIプットの負債化は、論点として別に隠されていたわけではなく、2010年以降IFRS解釈指針委員会等で堂々と議論がされていたものです。
しかし、NCIプットという文言で「所謂GAAP差異として」おおっぴらに語られることは少なかったかもしれず、いわゆる負債の定義の基準差異の論点として「気付かなければ」、検討漏れを起こしてしまいかねない論点だったのではないでしょうか。
IFRSの適用実務は「監査法人が用意したGAAP差異表を潰す」作業だけでは、対応しきれないことを示す良い例だと感じます。
本質的な考え方を理解し、重要な取引についてIFRS上の合理性を検証する時間を確保する必要がありますね。
ただ、別に監査法人を擁護するわけでもないのですが、「話がわかりにくい」とは思います。
ましてや企業が自浄力でこなすべきことを要求されているという厳しい現実を考えると、この基準のわかりにくさは相当不親切であるとは感じますね。