【事例に学ぶ】売上至上主義と不適切会計

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はじめに

今回は、訂正報告書の内容ではないのですが、不適切会計によって決算発表が遅れ、新聞でも報道が続いていた東証一部・名証一部企業である某社が発表した社内調査委員会の調査報告書の内容について研究していきます。

会社の努力により上場は維持されましたが、当ブログでは本件が発生したプロセスと、我々が学ぶべきことに注目していきます。

行われた主な行為

前提として、事案発生会社は連結子会社で、フードサービス機器の販売・保守サービスを行う会社です。

フードサービス機器というのは、よく病院などで見かける患者のための食品運搬ができる機器のようです。

本件取引行為の大部分は、設置工事を必要とする受注・発注フローにおいて生じたものです。

主な事案は、以下の通りです。

(1)個別取引間での売上原価の付け替え

(2)「貸し借り」取引

(直販先である顧客に製品を販売する際の基準となる価格(以下「社内基準価格」)を下回る価格での販売を行う場合、本来は必要な社内決裁をとらず、赤字が出てしまう分について「貸し借り」の理屈で協力業者を経由することで赤字取引を回避した。)

(3)顧客における製品の設置前に売上を先行して計上していたこと

以下、それぞれ内容を見ていきます。

(1)「貸し借り」に基づく売上原価の付け替え

・相当の長期間にわたって、複数の営業担当者と協力業者の間で工事費に関する「貸し借り(「今回の現場では泣いてくれれば次回の現場では優遇する」)」が生じていた。

・営業担当者らは、上長からの決裁が取りにくいという理由により、予定外の追加工事費の計上又は元々組まれている現場諸経費の利用についても躊躇していた。そのため、多数の営業担当者らが、当該工事では協力業者に無償又は通常より安い代金で追加工事等を行い、その借りを返すために、他の取引において、協力業者の架空又は水増しの工事代金を含める発注を行っていた。

・多くの場合は数千円や数万円程度の貸し借りであり、現場における慣行の問題として理解できる範囲内の場合もあるが、継続的な貸し借りが発生することを前提に厳密に金額ベースでの貸し借り認識をして残高を管理するような関係は、行き過ぎであった。

(2)協力業者との「貸し借り」に基づく代理店販売取引

・顧客と価格の折り合いがつかず、社内基準価格を下回る価格でしか顧客に製品を販売できない場合、ディスカウントのために本来は必要な決裁をとらず、①会社から販売代理店兼協力業者に対する社内基準価格以上での販売と、②当該販売代理店兼協力業者から顧客への営業担当者と当該顧客が合意した社内基準価格を下回る価格による販売、という代理店販売の形態を仮装することで、実質的には直販の顧客に対する社内基準価格を下回る価格での販売が行われていた。

・当該販売代理店兼協力業者にとっては差額分の損失が生じるため、営業担当者は、当該販売代理店兼協力業者に生じる当該損失を「借り」として認識し、販売価格が社内基準価格を十分に満たす他の取引において、当該販売代理店兼協力業者に対して、工事の架空・水増し発注を行ってその借りを返していた。

・この結果、会計上は、代理店販売を仮装した取引においては実態よりも売上高が大きく計上され、当該取引に関する販売代理店兼協力業者に借りを返すために架空・水増し発注をした他の取引においては実態よりも売上原価が大きく計上されることになる。決算期を跨ぐ場合の期ズレの可能性を除けば会社の利益には影響しないが、売上高と売上原価が過大に計上されていたことになる。

・以上より、「経済合理性のない取引」が、「顧客との値引交渉のために必要な社内決裁を行うことが難しい」ことを理由に繰り返されてきたという理解ができます。

・ちなみに、上記のような取引は最終の顧客が存在していない場合でも行われていたようで、結果として架空売上・架空発注が行われていたことになります。

(3)顧客における製品の設置前に売上を先行して計上していたこと

・会社は、顧客の検収基準で売上計上を行っており、本来であれば、製品を納品、設置が完了した段階で、顧客が検収を行い、売上が計上される。

・しかし、複数の営業担当者は、週次・月次での営業成績が足りない場合、本来であれば翌週・翌月の売上げとして計上すべき取引について、売上を先行して計上するために、製品の納品、設置完了前に顧客から検収書を入手し、販売代理店兼協力業者に保管をさせ、実質的には未出荷・未検収の状態で売上を計上していた。

・実際は納品していないのに、証憑上はしたことになっていたのであれば、通常の証憑突合で見抜くことは難しいと思います。

発生原因

以下、第3者委員会による報告書をベースに記載します。

・売上原価の付替え、代理店販売の仮装、売上先行計上等の一定の類型については、エリア営業部における営業担当者らによる上長決裁の回避や成績達成のためのいわば「裏技」として横行しており、一定の管理職においてもこれを黙認するという状況があった。

・このような行為が横行した背景には、会社における①組織風土の劣化、②管理体制の脆弱性があり、集団現象化していた。

①組織風土

・予算目標値は、競合他社の価格攻勢や自社製品の販売代理店によるインターネット販売等の影響で価格競争が年々厳しくなってきている状況においても、前年比アップ率として定められており、業績を伸ばし続けている対象会社においては、特に、近年では営業担当者がかなりの負担(目標必達の非常に強いプレッシャー)を感じるようになっていた。

・月次の売上高等が目標値に到達していないブロックのブロック長は、今後実施する改善策の内容やその効果等についての報告を求められる。また対象会社の慣習として、各営業担当者はブロック長を通じてエリア営業部 の幹部に対して成約状況を週2回報告しなければならなかった。目標未達や、予期せぬ追加工事の発生等が生じた場合、これを営業担当者が 上長に報告すると厳しく叱責されたこともあった。

・売上や利益の観点から消極的な事態が生じてしまった場合に、上長にその事実を報告し、解決方法等を相談することが困難と感じるという状況が生じていた。

・これらにより、不適切な方法を用いてでも目標を達成しようとするインセンティブが生じた。

②営業部の管理不全

・各ブロック長及び各営業所長は、エリア営業責任者等からのプレッシャーを受け、 自身が責任を負う目標を達成するため、部下に目標達成を厳しく求めることに注力せざるを得なくなり、目標達成ができない営業担当者一人一人についてその原因を一緒に検討し て何が改善できるかについて十分な指導・教育をすることができなくなっていた。

・ブロック長や営業所長には、部下の不適切な取引行為について指導監督する立場にありながら、目標達成を優先するため、多少の不適切な取引又はその可能性を認識しながらも、これを黙認していた状況すら生じていた。

③自己正当化

・上長や同僚から協力業者を利用する方法を教えられた営業担当者も少なくなく、上長も黙認している取引であるという意識が相当に広まり、そもそもこれらの不正又は不適切な取引を行うことが問題であるという意識さえ持たずに、本件 取引行為を行っていた営業担当者も少なくない。

・上長は数字のみを求めて おり相談しても無駄という認識が生じたため、悪いのは無理を求める会社であり、現場では現場の対応策を取ることは悪くないという意識も生じていた。

④管理部の機能不全

・管理部のチェックは、各書類間の記載内容の整合性や押印の有無といった形式的なチェックに留ま っていた。

・売上至上主義の下、管理部としての管理部門に適した人材の 採用は行われておらず、基本的に営業部門からの異動のみで担当者を確保している。必ずしも、管理部全般の業務に精通した従業員が多いというわけではなく、営業部門とのパワーバランスという観点でも、均衡が失していた。

・管理部の 管理機能が有効に機能していればその内容に疑問を持って営業担当者らに確認していたは ずであり、そうすれば、より早期に発見できていた可能性が高い。

⑤経営陣の認識の甘さ

・対象会社の経営陣は、本件取引行為発生のリスクを以前から認 識することができた可能性があるが、発見された不祥事 や不正行為について一定の対応はしてきているものの、その原因を分析して抜本的な対策 を講じるということまでは至らなかった。

教訓

発生原因にて触れたとおり、本件は不正のトライアングル(動機・機会・正当化)の全てが強く出揃った案件です。

綺麗に、ストーリーとして成立しています。話の流れが明確で、ある意味オーソドックスです。

営業担当者にとってはかなり厳しい業務環境・ストレスだったことがうかがえます。読んでいて辛くなるほどです。

担当者だって、会社のために何とかしたいと思っていると思います。

でも組織は相談に乗ってくれず、叱責されるばかり。

一方で不正を行っても組織は大きく咎めない。

となれば、人間というものがそこまで強くないとしたら、ある種必然的に不正行為に繋がってしまうのかもしれません。

売上へのプレッシャーというのは、どの会社でも共通するものです。

特に重要だなと思うのは、やはりトライアングルでいう動機の部分、つまりは組織風土とか、不正を生じさせる背景かと思います。

通常多くの上場会社では不正を許さない風土を醸成する意図が感じられますが、

それでも様々な環境・理由で事故は起こり得ます。

「確実な不正防止」などどこにもありません。

不正防止のためには、常にいろいろなストーリーを頭の片隅に、数字の分析等を進めて行かざるを得ません。

我々会計戦士としては、このように第3者報告書の内容を把握することで、不正リスクに対する「感度」を高めていくことが重要ではないでしょうか。

そのために、まずは事例の研究を進めていき、少なくとも当ブログの読者の方が”不正のパターン”を身につけていくことができたらと思っています。